1959年(昭和34年)
2月8日 東京都板橋区で山田家の長女として生まれる。
三人姉妹。本名山田双葉。
父親の転勤に伴い、札幌、金沢、静岡などに移転。
生まれて最初の記憶は「父親の仕事の関係で東京から札幌へ移ったときに、青函連絡船で夜の海を渡って行った」こと。
(「山田詠美自身による山田詠美スペシャル」『月刊カドカワ』1991年10月号p79)
小学生の時から国語が得意科目。夏目漱石の『こころ』の感想文で賞を受賞。
理系の科目は弱く、数学の答案用紙になぜ数学ができないかを延々と書き、20点を取る。
化学や物理は全部零点だった。
「だって私の考える次元以外のことやってるっていう感じだったんだもん」 
(「山田詠美自身による山田詠美スペシャル」『月刊カドカワ』1991年10月号p79)
読書好きの母親の影響で、小学校から中学校にかけては夏目漱石、石坂洋次郎、太宰治といった日本文学に親しむ。
中学生のころから好きだったサガン、モーパッサン、ボリス・ヴィアン、マルディアルグ、ボールドウィンなどを愛読。
高校時代は宇都宮で過ごした。
初体験は高校一年の時。
相手は高校時代にずっと付き合っていた同級生の文武両道の男の子。
高校時代は文芸部に所属。
1977年(昭和52年)……18歳
明治大学文学部日本文学科に入学。
親元を離れ、東京・吉祥寺で下宿生活を始める。
大学では漫画研究会に所属。
在学中から本名山田双葉名で作品を発表。
漫画の執筆が忙しくなり、大学4年の時に一年間休学。そのまま同大学を中退。
漫画家としてレギュラーを持つが、自らの才能に見切りを付ける。
赤坂、六本木、銀座などでホステスとして、またモデルとして働く。
1985年(昭和60年)……26歳
数年間にわたり想を練り続けてきた「ベッドタイムアイズ」を雑誌『文藝』に応募。
20代前半は書けないと思いながらも作家になるんだという確信があった。
受賞作を書いている時、女性誌の占いを見たら「文才があるから今年中に応募すれば賞がとれます」と書いてあるのを見て、最後の30枚ほどは一日で書き上げ、消印締め切りぎりぎりに間に合うように投函した。
10月、同作品で第22回文藝賞を受賞。
「ベッドタイムアイズ」<第22回文藝賞>
ペンネームは山田詠美。
歌手のエイミー・スチュワートに似ているところから数年前から仲間の間ではエイミと呼ばれていた。
大胆な性描写、著者の経歴、私生活からマスコミでセンセーショナルに取り上げられ、話題になった。
同作品は芥川賞候補にも挙げられる。
87年には映画化もされる。
『ベッドタイムアイズ』 河出書房新社 11月25日
1986年(昭和61年)……27歳
『指の戯れ』 河出書房新社 4月30日
『ジェシーの背骨』 河出書房新社 07月10日
1987年(昭和62年)……28歳
「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」<第97回直木賞>
受賞後、同居していた恋人の不祥事発覚。
「平凡パンチ」に受賞前のヌード写真が掲載され、それがきっかけとなり平凡パンチ編集部に抗議をしに行く。
このことが反響を呼び、第1回ベスト・フットワーカーズ賞受賞。
『蝶々の纏足』 河出書房新社 1月20日
『ハーレムワールド』 講談社 2月08日
『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』 角川書店 5月6日
『熱帯安楽椅子』 集英社 6月10日
『カンヴァスの柩』 新潮社 8月10日
1988年(昭和63年)……29歳
この年から、『文學界』『小説現代』の新人文学賞の選考委員となる。
『私は変温動物』 講談社 88年3月3日
『風葬の教室』 河出書房新社 88年3月15日
『僕はビート』 角川書店 88年8月20日
『ひざまずいて足をお舐め』 新潮社 88年8月25日
1989年(平成元年)……30歳
1月、87年夏に出会った米空軍横田基地に勤務していたニューヨーク・ブロンクス出身のクレイグ・ダグラス(23歳)氏とニューヨークで婚約。12月、日本で結婚披露パーティーを開く。
参考文献:
「山田詠美のハーレム・ウェディング」吉田ミカ『CREA』1990年6月号98〜102頁
「山田詠美自身による山田詠美スペシャル」『月刊カドカワ』1990年3月号76〜89頁

「風葬の教室」<第17回平林たい子文学賞小説部門>
『フリークショウ』 角川書店 89年/4月30日
『セイフティボックス』 講談社 89年6月10日
『放課後の音符』 新潮社 89年10月10日
1990年(平成2年)……31歳
2月、クレイグ・ダグラス氏と正式入籍。
4月、ブロンクス・パークチェスター・バプティスト教会で結婚式を挙げる。
参考文献:
「ドキュメント・イン・ブロンクス 山田詠美 語りだす指」
坂本徳子『LITERARY SWITCH』5号(1992年9月) p74〜85
『熱血ポンちゃんが行く!』 角川書店 4月5日
『チューイング・ガム』 角川書店 12月25日
1991年(平成3年)……32歳
『トラッシュ』 文藝春秋 2月15日
『色彩の息子』 新潮社 4月20日
『メイク・ミー・シック』 集英社 4月25日
『晩年の子供』 講談社 10月7日
『ラビット病』 新潮社 12月5日
『ファンダメンタルな二人』 文藝春秋 12月20日
「トラッシュ」<第30回女流文学賞>
1992年 (平成4年)……33歳
『熱血ポンちゃんが行く! A』 角川書店 2月10日
『24.7』 角川書店 3月30日
『内面のノンフィクション』 福武書店 4月10日
1993年(平成5年)……34歳
高校用国語教科書に収録されていた短篇小説「晩年の子供」が文部省から“教材として不適切”との指摘を受け、差し替えとなる。
『僕は勉強ができない』 新潮社 3月25日
『誰がために熱血ポンちゃんは行く!』 角川書店 10月/5日
『快楽の動詞』 福武書店 12月10日
1994年(平成6年)……35歳
6月奥泉光、高橋源一郎、三浦俊彦、島田雅彦らと共に渋谷ジャンジャンにて朗読会。
『120%COOOL』 幻冬舎 3月27日
1995年(平成7年)……36歳
『嵐ヶ熱血ポンちゃん!』 講談社 10月20日
1996年(平成8年)……37歳
『アニマルロジック』 新潮社 4月20日
「アニマルロジック」<第24回泉鏡花賞>
1997年(平成9年)……38歳
『路傍の熱血ポンちゃん!』 講談社 5月25日
『4U』 幻冬舎 8月15日
1998年(平成10年)……39歳
『山田詠美 対談集 メン アット ワーク』 幻冬舎 8月10日
1999年(平成11年)……40歳
『熱血ポンちゃんは二度ベルを鳴らす』 講談社 1月25日
『マグネット』 幻冬舎 4月10日
『AMY SAYS』 新潮社 8月30日
『AMY SHOWS』 新潮社 8月30日
2000年(平成12年)……41歳
『A2Z』 講談社 1月11日
「A2Z」<第52回読売文学賞小説賞>
2001年(平成13年)……42歳
『熱血ポンちゃんが来りて笛を吹く』 講談社 1月22日
『姫君』 文藝春秋 6月30日
2002年(平成14年)……43歳
『巴里製皮膚菓子』 幻冬舎 1月10日
『いま聞きたい いま話したい』 中央公論社 2月25日
『日はまた熱血ポンちゃん』 講談社 10月24日
2003年(平成15年)……44歳
『PAY DAY!!!』 新潮社 3月20日
『ファッションファッショ』 講談社 9月18日
2004年(平成16年)……45歳
『ご新規熱血ポンちゃん』 新潮社 11月25日
2005年(平成17年)……46歳
『風味絶佳』 文芸春秋 5月14日
*『ダ・ヴィンチ』1994年8月号 「山田詠美の解体全書」をベースに作成。以後詳細追加予定。