『カンヴァスの柩』
初出誌 各項目参照
<単行本>
新潮社 1987年(昭和62年)8月10日発行
170頁/ISBN:4-10-366801-6
<文庫本>
新潮文庫 1990年(平成2年)8月25日発行
157頁/ISBN:4-10-103611-X
モノローグ<エレガントな野生児>p158-p166 解説/藤堂志津子
山田詠美はどちらかと言うと長編小説よりも短篇小説を得意とする作家で、その後も、数々の短篇小説集を発表している。しかし、この短編集が他の短編集と違う点は、作品数が3篇と少ないことの他に、いずれの作品も全く違ったタイプの作品である点が指摘されよう。

だが、3編に共通した点が全くないというわけではない。それは、山田詠美の独特の視点から男女の関係が描かれている点である。「オニオンブレス」では愛情が冷め切ってしまった夫婦が、トイレに書かれた落書きをきっかけに再び互いの存在に気づくまで過程が描かれている。書き下ろしの「BAD MAMA JAMA」では、今は結婚をし、穏やかな日々を送っているが、若い頃は遊び人だったマユコが、今の夫との関係に疑問を持っている、といった夫婦にありがちな問題を取り上げている。そして表題作でもある「カンヴァスの柩」は、バリ島のある村を舞台に、観光客であるススと、画家のジャカの恋愛風景が綴られている。いずれの作品も男女の恋愛関係を追及しているところにこの小説集の面白みがある。


「オニオンブレス」 初出誌 「文學界」1986年4月号 114〜129頁

失業し、バーに入り浸っているシドニーには、ネットという妻がいた。しかし、二人の間はすでにすっかり冷め切っていた。すれ違ってしまった二人の心が、トイレに書かれたある落書きをきっかけに通じ合うようになるまでの過程が短い文章の積み重ねで描かれた佳作。

「BAD MAMA JAMA」 書き下ろし
若い頃は遊び人だったマユコは、今では結婚し、優しい夫にも愛され、表面上は穏やかな日々を送っていた。だが、彼女はある晩から夫とのベッドに喜びを見出せなくなっていた。そんなある日、昔からの遊び友達であるジュンコに誘われれ、マユコは久しぶりに基地のそばのディスコに行った。マユコはそこで日本に来たばかりだというキースと知り合う。

「カンヴァスの柩」 初出誌「新潮」1987年6月号 147〜179頁

「熱帯安楽椅子」に続くバリ島を舞台にした中編小説。「熱帯安楽椅子」では主にスミニャックと呼ばれるバリのビーチリゾートが描かれているが、「カンヴァスの柩」は芸術の村と呼ばれている山間部のウブドが舞台である。自由奔放な日本人観光客のススと、彼女に振り回されながらも彼女を愛するようになる画家のジャカの恋物語である。この作品でもバリ島の風景や風俗がさりげなく描かれている。また、色彩が豊かなことに驚く。本人もかなり色を意識して書いたことをあとがきのモノローグで述べている。また、タイトルのカンヴァスには、画布という意味とシーツという意味が込められている。