『A2Z (エイ・トゥ・ズィ)』
初出誌 『小説現代』 1999年(平成11年)11月号 
<単行本>
講談社 2000年(平成12年)1月11日発行
239頁/ISBN:4-06-209952-7
<文庫本>
角川文庫 1987年(昭和61年)11月10日発行
214頁/ISBN/4-04-1711001-4
あとがき 215〜217頁 解説/富岡幸一郎
『4U』『マグネット』と短篇小説を中心に発表していた山田詠美の久々の中編小説である。

月刊文芸誌に一挙掲載され、このような形での中編小説の発表は88年に発表された「風葬の教室」以来となる。

まず、タイトルが面白い。『4U』に続く英単語もので、“Ato Z” の“ to ”を“2”と表記している。この「2」には「2人」という意味合いも込められていると思われる。物語は、出版社に勤める35歳の森下夏美の一人称で進められる。別の出版社に勤める夫がいながらも、彼女には年下の恋人がいる。夫にも若い恋人がいる。しかし、それは単なる「不倫」や「浮気」という言葉でカテゴライズされるほど単純な関係ではなく、本人達もその言葉をとても嫌っている。この物語には夏美に関わる様々な「2人」が描かれている。それは、夏美と夫でもあり、夏美と恋人の成生であり、または夏美と新人作家の永山翔平だったりする。それが、タイトルの「2」に表れているのではないだろうか。

この作品の面白さはいくらでも上げることができる。物語はタイトルどおり、“a”から始まり“z”で始まる単語に従って進行する。
accident,
breathe,
confusion,
destination...
まず、この構成が面白いし、詠美ならではの粋な言葉遊びだ。

毎回この人の小説を読むたびに思うのだが、山田詠美は、言葉の魔術師である。例えば、こんな表現。

「成生って、ほんと、料理が好きだね」
「好きなの、別に料理だけじゃないよ。おれ、口から始まるものが全部好きなの」
 食べること、喋ること、キスをすること。私も好きだ。成生むは、私に顔を寄せて口づけた。まるで、私が思ったことが通じたみたい。
「口って大事だろ」
「うん」
 確かに色々なことに有効。たくさんの意味あるものが出たり入ったりする。でも、私たちのつながりは、別に口から始められたわけじゃない。  (p62〜63)


「口から始まるものが全部好き」という表現はきっと山田詠美にしか出来ない表現であり、詠美だからこそできる表現である。

他にも、この小説の魅力はたくさんある。登場人物も魅力的だ。(なんと時田秀美のママまで登場!!)また、出版社という楽屋裏も垣間見ることができる。ここに出てくる永山翔平なる新人作家のモデルは一体誰なんだ!?と変に勘ぐってしまうのも面白い。

そして、今回も私は読み終えるのがもったいなくって、もったいなくって、心の中で読み終わりたくない!!と叫びつつも一気に読んでしまった。最後の一行を読み終えた時、惜しい気持ちもしたが、夏美に感情移入して読んでいた私はむしょうに誰かとこの小説について語り合いたくなってしまった。この物語の感想を語り合うよりも、ここで描かれていた性も年も倫理も超えたところにある大人の恋について、同じ価値観を持った友達と久々に語り明かしたい気分になった。

この作品は、まるで詩のような文章なので、(この小説に限らず、詠美さんの小説の一番の大きな魅力はその文体にあると思うのだが)明日また読み返したら、また別の読み方が出来て楽しいかもしれない。