『ベッドタイムアイズ』
初出誌 「文藝」1985年(昭和60年)12月号 26〜54頁
<単行本>
河出書房新社 1985年(昭和60年)11月25日発行
128頁/ISBN:4-309-00421-0
江藤淳、野間宏、河野多恵子、小島信夫  <昭和60年度文藝賞選考評より>抜粋
<文庫本>
河出文庫 1987年(昭和62年)8月4日発行
143頁/ISBN:4-309-40197-X
解説/竹田青嗣
<文庫本>
新潮文庫 1996年(平成年)11月1日発行
314頁/ISBN:4-10-103617-9
解説/浅田彰 「指の戯れ」「ジェシーの背骨」併録
昭和60年度文藝賞を受賞した山田詠美のデビュー作である。
クラブ歌手であるキムと、横須賀の基地を逃げ出してきた黒人兵スプーン。基地のクラブで知り合ったこの二人を巡る恋愛小説である。

詠美は、この作品でデビューした当時のことを次のように回想している。


私の初めての小説が世に出るやいなや、(中略)私は有名人になってしまった。黒人脱走兵とクラブシンガーの大胆な愛の物語などとサブタイトルもつけられ、これはとてもロマンティックでせつないラブストーリーだと思っているのに、性描写だけを抜き書きされ、本当にもう、センセーション。その抜き書きされた部分だけを読み、人にあらすじを聞いて、私に失礼なインタビューをした人々がどんなに多かったことか。
(『私は変温動物』講談社 昭和六三年三月三日発行 五三頁「おとうさんといっしょ」)


確かに、この作品には、ドキッとするような表現が少なくない。低俗な一般大衆誌が、その部分だけを抜き出したくなるのも分からないではない。だが、この作品に描かれているのは単に男と女の性的描写だけではない。それは冒頭の一文に如実に表われている。

「スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決して、ない」

詠美はその後の作品でも様々な形で人間同士の結びつきを心と体の面から描いているが、デビュー作の冒頭からして、すでに彼女にとっての永遠のテーマが提示されているのである。この作品の面白さというのは、キムとスプーンの対比にある。キムは体で考えるタイプというよりも、頭で考え、先のことまで考えてしまうのに対し、スプーンは完全に正反対の人間だ。スプーンに抱かれている間もキムの思考はめまぐるしく回転しているが、スプーンは違う。

「ジューシィで最高にいい味だぜ」
私の思考とは別にスプーンは自分の体でとらえたことだけを口に出す。彼は考えを持たない。体で反応したものだけが彼の言葉を使う。音楽があるから踊るのではなく、体が動き始めるから音楽を必要とする。彼の舌は私の体をダンスしながら音楽を奏でている。


このように、全く違ったタイプの二人の組み合わせは、まるで「社会における規則」のようだとキムは思うのである。 「ベッドタイムアイズ」を初めて読んだ時、私はただただ二人の激しいまでのぶつかり合いと触れ合いにビックリしっぱなしだったのだが、二度、三度と繰り返し読んでいくうちに、何とも言えない、気持ちになった。特にスプーンがキムの目の前から去っていく場面などは何度読んでもツンとなるし、他の部分を読んでいても、その場面に繋がるのだと思うと、余計に悲しくなってしまう。まさにこの作品の詠美文学の原点であると言えよう。
ちなみに、この作品は第94回芥川賞候補作となっている。

主な論文に以下のものがある。

*「新鋭作家論特集山田詠美論−至近の目」
  竹田青嗣 『文藝』 86年冬季号(12月) 318〜321頁